アジア・パシフィックの劇場文化―越境する近代演劇 分科会 発起人: 藤岡阿由未 赤井朋子 蒔田裕美 研究目的と意義:
演劇研究におけるポスト・コロニアリズムが提言されたのは、かなり前のことになります。この文脈での欧米の研究者による植民地圏を含むアジア・パシフィック演劇の再考察の貢献は目覚ましいものがあります。(Christophere
Balme, Pacific Performances: Theatricality and Cross-Cultural Encounter
in the South Seas, Palgrave Macmillan, 2007. D. Varney, P. Eckersall,
C. Hudson, B. Hatley, Theatre and Performance in the Asia-Pacific:
Regional Modernities in the Global Era, Palgrave Macmillan, 2013. Kevin
Wetmore, Modern Asian Theatre and Performance 1900-2000, Bloomsbury
Methuen Drama, 2014. など ) そして多くの場合、@欧米の覇権主義への抵抗/受容の文脈において、A欧米のNew
Drama(新劇)の影響と各国の伝統演劇の変容が分析されています。 しかしながら、@において、例えば加野彩子(Ayako Kano, Acting like
a Woman in Modern Japan: Theater, Gender and Nationalism, Palgrave
Macmillan, 2001.)が日本の覇権主義が演劇に与えた影響を指摘し、Siyuan Liu (Siyuan Liu, Performing
Hybridity in Colonial-Modern China, Palgrave Macmillan, 2013.)
が中国の近代演劇における欧米と日本の両者への文化的抵抗/受容の複雑さに言及したことは、これまでの欧米の覇権主義への抵抗/受容という関係性へ日本をも含めた再検討を促していると言えるでしょう。またAにおけるNew
Dramaおよび伝統演劇中心の研究には、上海、東京、大阪、香港、シンガポール、ニュージーランド、オーストラリアなど各国の劇場で、英国の大衆演劇ミュージカル・コメディ、パントマイム、レヴューなども盛んに受容されたにもかかわらず(Christopher
Balme, 'Maurice E. Bandmann and the Beginnings of a Global Theatre Trade',
Journal of Global Theatre History, volume 1, number 1,
2016.)その受容の視点を欠いていることが多いと考えられます。
そこで本分科会では、@Aの議論を補完するために、@アジア・パシフィック近代演劇における覇権主義の複雑さ、およびA英国近代の大衆演劇(『ロンドンの劇場文化―英国近代演劇史』英米文化学会編、朝日出版社、2015.)の受容を含めた各国の劇場文化に着目し、包括的な考察を目的とします。ポスト・コロニアルの言説がすでに自明となった今日において、日本の英米文化研究が、その研究対象を英国やアメリカ合衆国に限定せず、アジア・パシフィックの旧植民地の複雑な層へまなざしを向けることは重要ではないでしょうか。そして国ごとに区切られがちな研究を、アジア・パシフィックという領域の設定によって、トランスナショナルな視座へとひらくことも期待しています。